観客席視点からの立ち技系女子格闘技
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平和を歌っても平和にはならないし、格闘技をやっても人格者にはならない

 ある時、レゲエフェスが終わった後の会場で、ボランティアの女子スタッフさんがため息まじりでこう言っているのを聞きました。

 「愛と平和の音楽なのに、なんでこんなにゴミを置いていくの?!」たしかに見渡す限り会場一面ゴミの山です。愛と平和には程遠い、自分勝手なひとたちの大騒ぎのあとにしか見えません。これを片付けるのは大変でしょう。

 だけどね、愛とか平和なんて誰でも歌うお約束のテーマの一つで、別にレゲエだからって他人を思いやったり環境を考える人が聞きに来るわけはないんですよね。春のお花見も夏の花火大会も、終わった後はゴミの山。それと何も変わりません。

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 だいたい、愛とか平和って、歌のネタとしてはいいものかもしれませんが、現実社会にはなにか利益を与えるのでしょうか?世の中が平和になるのでしょうか?


 それがお金になるなら人は愛や平和を大切にするでしょうけれど、実際の世の中では憎悪と戦争の方がお金になります

 他国を憎んで戦争の準備をすればいろんな産業に発注が増えて経済が回るし、戦後の復興やインフラの充実も建設業や医療やいろんな業界のお金になるのです。だから、戦争はなくなりません。信じたくない人は多いでしょうけど、それが事実です。人と企業は戦争を望むのです。

 平和を歌えば平和になるという人は「平和の歌業界」の回し者か、単なるおバカちゃんです。

 「格闘技や武道をやると人格者になる」というのも同じような幻想ですね。

 むかし、知り合いのTさんが、高いお金を出して後楽園の最前列のチケットを買った時の話です。目の前がすぐリングで、近くにセコンドの人もいて、すごい臨場感でTさんはしあわせでした。

 そのうち、ある試合のセコンドに伝説的な王者のSさんがつきました。憧れのレジェンドのSさんが目の前にいるものだからTさんはもう大興奮。

 ところが試合が始まるとSさんが立ち上がってしまうので何も見えません。「後輩の試合だから夢中になるのも仕方ないよね」と思ってしばらく我慢していたTさんですが、Sさんのせいで自分だけではなくて後ろの人も試合が見えないのだから一番近い自分が言うべきだと思って声をかけたそうです。

 「あのう、試合が見えないので少し低くなってもらえないでしょうか?」すると振り向いたSさんが鬼のような形相で「あー?なんだ?てめえ!おれに文句言うのか?てめえ何様だ?オイ!」Tさんはショックのあまり何も言えなかったそうです。

 黒帯の武術家で、格闘技でもチャンプになったリジェンドがこれですよ。

 人格教育のためにお子さんを道場に通わせている親御さんは多いと思いますが、はっきり言って、武術やっても格闘技やっても、それは人格とは何にも関係ないです。

 たまたま人として良い先生や良い仲間に出会えれば、人格形成に良い影響はあるでしょうけれど、それは書道でもサッカーでもどんなことでも同じであって、特に武術だから、格闘技だからということではありません。

 ですから、道場を選ぶときはそこに有名選手がいるとか、チャンピオンがいるとかいうことではなくて、直接指導者にお会いになって、その人が信用できるかどうかを見ることが大切です。指導者が悪ければお子さんも悪くなるからです。

 お子さんが悪くならないように良い指導者を選びましょう。

 でも、お子さんを良く育てるのはジムや道場ではなくて親御さんの仕事です。

 お子さんの人格は、本来は親御さんの育て方の問題であり、それを道場の指導者に丸投げできるものではありません。毎月いくらかのお金を払えば格闘技が覚えられて、しかも人格も磨かれる、なんて期待することは、ずいぶんムシのいい話なのです。

 道場に預ければいい子に育つと思っている人は、レゲエを聞けば平和が来ると言う人を笑えませんよ。

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