2014年01月20日

ブルース・リーは反日なのか? 何が本当で、何がウソか

 QRはかなりの年寄りですから最近のことはなかなか覚えられません。が、昔のことは覚えています(笑)。インターネットというものが無かった時代のことも覚えています。

 その頃は一般の人が多くの人の前で自分の意見や知識を伝える手段というものはほぼゼロで、一部の有名人のみなさんや、出版や放送に関係がある人だけが好きなことを言っていました。

 だから、昔はいろんな間違った情報がけっこう平気で流れていました。某ベストセラー作家さんなんか「おれはブルース・リーに試合で勝った」と公言していましたし(もちろんウソです)。そんな世の中でしたから、正しい知識を得るには「なんとなくおかしいな」と思う情報は信用しない見識が必要でした。

 しかし、今は誰でもネットで自分の意見を言えるし、情報も流せるようになり、それはいいことでもあるけれど、ウソや間違いも昔以上に大量に流れるようになってしまいました。そしてそれを信じる人も多くなっているようです。


 つい最近ですが、ブルース・リーさんを「反日だから嫌い」と本気で語る人に会ってビックリ。昔からの映画ファンならブルース・リーさんが反日だなんて夢にも思わなかったことです。調べてみると、どうやらネットではそんなウソ情報を書く人が大量に発生しているようだし、その人たちは自分たち自身もそう信じているようなのです。

 というわけで、今回はクイーン・オブ・ザ・リングが心から尊敬する師、ブルース・リーさんが反日なのかどうかについて、その勘違いが生まれて来た背景から掘り下げて書いてみようと思います。

 ブルース・リーさんと言えばドラゴン(龍)。龍は中国の象徴。そして、中華人民共和国では数年まえに、国営放送が制作した伝記ドラマが大ヒットして以来、彼を自国の看板のように語っています。これがまず誤解の始めとなっているのかもしれません。

 しかし、中国国家主席のシー・ジンピン(習近平)さんや、バスケットボールのスターだったヤオ・ミン(姚明)さんは中華人民共和国生まれで中華人民共和国育ちの中華人民であるのに対して、ブルース・リーさんはアメリカ生まれの香港育ち。シーさんやヤオさんとはまったく違うのです。中華人民共和国とは全然なんの関係もない香港人なのです(出生地がサンフランシスコのためアメリカ国籍を所有していました)。

 ブルース・リーさんの生きた時代の香港は、イギリスが管理していて、中華人民共和国の力が及ばない完全に外側の世界。ですから、リーさんは中華人民ではありませんでした(当時の香港はいまの台湾のような立場だったと思えば間違いではないでしょう)。

 というわけで、現在の中華人民共和国が「ブルース・リーは我が国の英雄」と言うのは大ウソなのです(なお、ドラマの内容もまったくのデタラメ。QRは途中で見るのをやめました。ハリウッド製の『ドラゴン/ブルース・リー物語』もひどかったですが)。


 ブルース・リーさんの役者としてのハリウッドデビューは、テレビドラマの『グリーンホーネット』の準主役で、役柄は空手使いの日本人、カトー青年でした。反日の人がそんな役を演じるかどうか考えなくても分かるでしょう。

 カトー青年は主役を上回る人気を得ましたが、特に香港では爆発的な大人気で、リーさんがアメリカから久しぶりに香港に戻った時は「カトーが帰って来た!」と大歓迎だったそうです。

 そして、中華人民共和国のほうでは、誰ひとり『グリーンホーネット』もカトーもブルース・リーも知る人はいませんでした。当時は中華人民共和国は「外国のテレビや映画は有害」だとして、その上映を禁止していたからです。

 その後の世界的なカンフー映画ブームの時期にも中華人民共和国では鎖国が続いていましたから、『燃えよドラゴン』のころにはこんな笑い話がありました。「いまや世界でブルース・リーを知らないのは中国人だけだ

 ちなみに『グリーンホーネット』で中国人武術家役で登場していたのは、多くのアメリカ映画で手広くアジア人役を演じていた日系のマコ岩松(いわまつまこと)さん。両国の役者さんの役柄が完全に逆転しているのが面白いですね。

 その後、香港でのリーさんの人気をバックに制作されたのが主演第一弾の『ドラゴン危機一発』。この映画の舞台はタイで、悪役は中華系のマフィア。

 第二弾『ドラゴン怒りの鉄拳』の悪役は日本人で、その用心棒としてロシア人が登場。

 第三弾『ドラゴンへの道』はイタリアでロケされ、悪役もイタリアマフィア。悪の用心棒はアメリカ、日本、ヨーロッパ人と多彩。日本人役は韓国の武道家が演じました。

 第四弾『燃えよドラゴン』の設定は戦後の混乱期にどこの領土か分からなくなった島を乗っ取って麻薬製造基地を作っている中国人が悪者。その手先は謎の中国人と、白人。

 オリジナルの『死亡遊戯』は未完成に終わっていて詳しいストーリーは不明。日本人の登場はありません。

 以上を見てお分かりのように、日本人が敵役だったのは『ドラゴン怒りの鉄拳』だけです。「ブルース・リーの映画はいつも日本が敵」と書いている人は何を資料にしてるんでしょうね?

 この『怒りの鉄拳』の舞台は海外列強に支配されていた時代の中国。日本もかつては中国本土でいろんな利権や特権を持っていました。同じようなことをドイツやロシア、イギリス、フランスなどもしていましたが、敵がドイツやロシアだったとしたら道場同士の武術対決という格闘映画にはなりませんので、日本が敵役になったのはその意味では当然でしょう。相手が銃を撃ちまくる西洋人では全然お話になりません。香港の役者さんでも日本人の役なら出来ますし、予算をかけてたくさんの外人さんを呼ぶ必要がないわけです。この映画に限らず、カンフー映画の敵役が日本人という設定が多いのはそういう事情から仕方ないことでしょう。

 さて、『ドラゴン怒りの鉄拳』のテーマはなにかというと、簡単に言うと人間の誇りです。差別に対する反発です。冒頭で、日本人の手先になっている中国人の通訳がさんざん中国人をバカにするシーンがあります。彼は「お前たちは腰抜けだが、私はお前たちとは違う」と言うのです。そして「もしもお前たちに勇気があるなら道場破りでもなんでもしてみなさい。」と挑発します。これを許せなかった青年(ブルース・リー)は日本武術の道場に一人で乗り込みますが、その帰り道にとある建物のまえを通り過ぎようとするとインド人の守衛さんに呼び止められます。

 「お前はここを通れない。この注意書きを見ろ」と。そこには「犬と中国人は通行禁止」の文字。しかし、青年の目の前を白人とその飼い犬が通っていきます。「あれはなんだ?」「外人の犬はOK。お前はダメだ。」。それを見ていた日本人が「おれの犬になれ」と言った瞬間、青年は彼を殴り倒し、「犬と中国人は通行禁止」の看板を飛び蹴りで木っ端みじんに。

 回りで見ていた中国の人々は青年を取り囲みながら安全なところに逃がします。当時の香港ではこのシーンで大きな拍手が起こったそうです。この映画の主題が単なる反日なら、中国人を裏切る中国人や、インド人や白人を出す必要は無いわけです。1972年(この映画の制作年)になってもいまだにイギリス領であった香港の事情とそれに対する人々の気持ちがこのシーンには表れているのです。

 とは言っても、この映画はフィクションです。実在の中国の武術家の死を題材には扱ってはいますが、その弟子の青年が日本人の道場に復讐に行ったという事実はありません。単なる娯楽映画です。そんなことは作った人も、演じた人も、お客さんもみんな分かっていたことです。

 でも、中国人に日本人がコテンパンにやられる映画が日本で上映されたことはありませんから、当時の日本の配給会社はこの映画の公開前にはずいぶん心配したそうです。台本ではボスキャラの名前は鈴木でしたが、日本語字幕ではニンムーとなっていたのはそのせいかもしれません。

 『燃えよドラゴン』の悪玉ハンも漢字で書けばで、韓国の人が怒らないかと心配した人もいたそうです。しかし、そんなことは関係無しに、日本でも韓国でもブルース・リーの映画は大ヒットしたのです。当時の人は誰もそんなことは気にしませんでした。

 ここまでは見ていない人のために映画の内容を説明しましたが、『ドラゴン怒りの鉄拳』でのブルース・リーさんは、一人の役者でした。台本やテーマは制作者や脚本家の人たちの創造物です。その内容について何かを言いたいなら役者さんではなくて、本当は制作・脚本・監督の人たちに言うべきですね。


 というわけで、実は主演第三弾の『ドラゴンへの道』からが、リーさん自身が製作や脚本や監督にかかわっている作品です。そして『ドラゴンへの道』以降の作品には悪玉の日本人というのは一人も出て来ません。韓国の武道家の人が日本人という設定で出演してはいますが、単に用心棒としてリーさんを相手に戦うだけで、悪党としての描写はありません。「ブルース・リーは反日の宣伝のために映画を作っていた」という人たちはどの映画のことを言ってるのでしょう?おそらく、一本も見ていないのでしょう。

 映画人としてのブルース・リーさんの話は一旦離れましょう。個人としてのリーさんはどうだったのかと言えば、かなりの日本マニアでした。好きな映画は黒澤明作品と『座頭市』、スニーカーはオニツカタイガー、スーツはメンズビギ、すき焼きが大好物で、自慢は香港の自宅に作った日本庭園、将来は日本刀をコレクションするのが夢で、宮本武蔵がアイドルでした。

 職場では西本正さんという日本人カメラマンを高く評価し、いっしょにイタリアにまでロケに行くほど信用していたのは有名です。しかし、なんと言ってもリーさんと一番仲の良かった日系人と言えばターキー木村さんですね。木村さんはまだ全然無名だった青年武術家のリーさんと知り合うとすぐに弟子になります。リーさんの一番古い内弟子ということになります。いや、内弟子というよりも武術修行や道場経営のパートナーであり、大親友でした。

 木村さんはアメリカ国籍を持っているにもかかわらず敵国人として戦争中に収容所に入れられ、仕事や社会的地位を奪われるというひどい日本人差別の被害者で、リーさんと出会った頃も、そんな過去から立ち直ろうと苦しんでいる時期でした。リーさんは木村さんより一回り以上年下でしたが、木村さんに東洋人としての誇りを持って前向きに生きるように親身になって勇気づけたそうです。

 東洋人であるためにハリウッドでは決して良い扱いを受けられなかったリーさんにとって、ターキー木村さんが収容所で受けた様々な苦しみも決して他人事ではなかったのでしょう。二人の友情はリーさんが亡くなるまで続いたのです。

 ブルース・リーという人は少年時代は香港でも札付きの不良少年でしたが、たった100ドルをポケットに入れて渡米し、貧困と闘いながら苦学して通った大学で哲学に触れ、人種差別を受けて苦しみながら逆に東洋人としての誇りを強く持って武術の研究に励むうちに、人間としての大事な物をたくさん学んでいったのです。

 QRはブルース・リーという人物を知ったとき、心の底から思いました。李小龍と漢字で書ける東洋人で良かったと。東洋の血を誇りとして生きていこうと。

 世の中には本当とウソがあります。今後もウソは増える一方でしょう。世の中には、人々が憎み合ったり、いがみ合ったりすることを望む人が多いので、そのためにはウソが必要なのです。平和な世の中よりも、平和じゃない世の中の方が、彼らのビジネスチャンスとなるからです。

 何が本当で、何がウソなのかを知るには、簡単に人の言うことを信じないという基本が大事です。簡単に手に入る情報はウソである確率がとても高いのです。

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